
もともと高校野球をやっていたのですが、試合の1ヶ月前に怪我をして、そこで初めて理学療法士の方に出会いました。治療してもらい、ただ怪我を治すだけじゃなくて、「心のメンテナンスもしてもらった」ような感覚だったんです。絶望の淵にいた私を助けてもらった経験があって、「こういう仕事っていい仕事やな」と単純に思ったのがきっかけで、理学療法士の道に進みました。
卒業後は、大阪の回復期病院に勤め、その傍ら、非常勤で訪問看護にも携わっていました。病院は退院したらそこで終わりなので「退院して、どのような生活を送ってるんだろう」という単純な興味がありました。病院で家屋調査や改修、用具の導入などを提案して退院していただいても、それが合っているかどうかの答え合わせができない。その先を知りたくて、非常勤として訪問看護の世界に入りました。

非常勤で働いていた時、ある利用者さんから「お医者さんは命を救ってくれるよ。あなたたちは私に光の道を照らして希望を与えてくれる」っていう職種ですよ、と言われたんです。また、別の方から「私の暗闇のどん底から一点の光が見えました」というお手紙をもらったこともあり、「ええ仕事やな」「やりがいあるな」と強く感じました。
そして、利用者さんの生活は病院が退院したら終わりではなく、在宅に戻ってからも続いていくわけです。その「光を差せるような」支援をもっと在宅でできるようにしたい、という思いで起業しました。
また、もともと実家が自営業だったので、サラリーマンの親を見たことがなく、自分も起業するものだと思っていたんです。
共同経営は失敗するというジンクスもあったので、もともとは一人で起業しようと思っていました。そんな中で現在の共同経営者と出会って、「この人となら一緒にやれる」って思いました。もちろんすぐに一緒にやろうとなった訳ではなく、1年ほど時間をかけて何度もご飯などに行く中で、仕事に対する姿勢や人との関わり方など、多くの面で互いに共感し、一緒に事業を立ち上げたいと強く思うようになりました。
理学療法士としての専門的な業務は問題ありませんでしたが、事業運営に必要な知識が全くありませんでした。特に、訪問看護の指示書の取得方法やレセプト業務など、事務作業の知識はゼロでした。起業前に事務スタッフの方に1時間だけ時間をいただき、1ヶ月分の業務を教えてもらって事業をスタートさせたほどです。
その時は、自分の持っている時間全てを事業運営の知識習得に投下しました。病院勤務とは全く違う、集客や運営、スタッフへの配慮など、様々な苦労がありましたが、一つのことに集中することで乗り越えられたのだと思います。半年ほどで運営の感覚を掴み、軌道に乗せることができました。

利用者さんやご家族から「ありがとう」と言っていただくことが多いんです。単純にそれって誰かの役に立っているっていう実感を得られるので、人から感謝されるってやっぱり嬉しいですよね。
また、在宅という場所だからこそ、利用者さんが最もリラックスした『ありのままの姿』と向き合うことができます。心を開いて私たちを迎え入れてくださることで、その深い信頼関係の中でいただく「ありがとう」が、すごく嬉しいんです。
私が目指しているのは、スタッフ一人ひとりの名前が地域や関係機関から飛び交い、必要とされていることを実感しながら働けるステーションです。単に『さくらさんが良かったですよ』と言われるだけでなく、『Aさんのこういうところが良かった』と、個人として評価されることが大切だと考えています。
固有名詞で呼ばれることは、自分が認められている、必要とされていると強く感じるきっかけになります。この喜びを一人でも多くのスタッフに感じてほしいので、利用者さんはもちろん、地域の関係機関との密な連携を増やし、質の高いサービスを提供することで、スタッフが自信を持って仕事に取り組める環境を整えています。
それが結果として「Aさんがいてくれてよかった」という感謝の言葉につながっていくと信じています。