トピックス

Home > 著書・出版関係

監修・企画・執筆

ここがヘンだよ日本のSE!一海外のSEに映る日本の実情/SEの現場

SEの活躍の場はいまやグローバル、日本のlTプロジェクトにも海外から多くのSEが参加し、大きな成果を上げている。 しかし、商習慣や仕事観の違い、英語が苦手な日本人SEやクライアントとのコミュニケーションなど、仕事を進めていく上でのとまどいやトラブルも多いはずだ。彼らは。仕事伸間としてライバルとして、日本人SEをどのように見ているのだろうか。
W杯本番を間近に控えて、来日数で上位を占める米国、中国、インド出身のSE3氏に「参戦」しでいただき、ざっくばらんに語ってもらった。

参加者プロフィール
ティム・ロメロ氏 12年前にミュージシャンを目指して来日。学生時代から週に1、2回行っていたプログラミングのアルバイトがいつの間にか本業となり、1999年ヴァンガード株式会社を設立。そこで開発したECサイト構築ソフト「Mojo」が(株)デジタルガレージに買収されると同時に同社戦略技術開発部部長に就任。現在もヴァンカード株式会社理事との二足のわらじを履き・精力的に活動している。
劉 晶東(リュウ・ショウトウ)氏 1993年高校卒業と同時に祖父の生誕地である日本に来日。早稲田大学在学中、慶応大学の村井純教授を顧問とするベンチャー企業エイ・アイ・ピーに参加し、アジア圏を夕ーゲツトとしたオンラインマーケティングなどを経験。その後、SI会社などを経て、2001年11月より株式会社ディーカンパニーに入社。日本と中国それぞれの強みを活かした独自のビジネスモデルを構築すべく格闘中。
シャラット・クマール氏 1998年大学卒業と同時にインドのソフトウェア開発会社Viproに入社。そこで日本企業のプロジェクトチームに入り、99年8月に大手証券会社のプロジェクトのため、初来日。2001年6月、PSlDATASYSTEMSに入社。以来、プロジェクトマネージャーそして開発担当者として数多くの金融系システムの構築を手がける。今回の座談会メンバーでは最年少の25歳。
伊藤 由起子(司会・進行) 東京生まれ。1O歳まで英独米で生活。帰国後「なぜかスペイン語学科」(本人談)に在学中、もともと興味のあったコンピュータ会社にアルバイトとして入社。キーパンチャーの仕事を始めるも、1週間でプ□グラムのコツをつかみ、独学独習にてスキルをみがく。1988年、株式会社ぜストを設立。外資系企業へのlTコンサルティング事業を行う中で、多くの外国人SEとの交流が生まれた。今回の座談会のコーディネーターとして進行を務める。
日本の景気と外国人SE急増の関係は

伊藤:日本でもIT不況の影響は大きいと思いますが、みなさんの実感としてどうですか。

ロメロ(米国):昨年までは、大手金融・証券会社などに多数の欧米人SEがいましたが、今年はかなり少なくなった印象があります。私のまわりでもたくさんのSEが国に帰ってしまいました。この業界の場合、今に始まったことではないですけどね。「とにかく早く作れ」と大量に人を集めて、不要になると首を切る。そのくり返しが六年周期くらいですから。

クマール(インド):インドのSEは逆に、私が来日した二年前と比較すると約五倍くらいに増えたと思います。インドの場合、企業に雇われる形態ではなく、インドの会社に所属したまま日本の支社に転勤のようなかたちで来日するというプロジェクトベースで仕事をするケースが一般的です。ですから、不況で日本企業がリストラした分だけ、われわれインドのSEが埋め合わせるという傾向があるのかもしれません。正直、数年前は日本にビジネスチャンスがあるとは考えてませんでした。みんなまず米国へと目を向けていましたが、日本にもITバブルが起こったころから、市場として意識し始めたのだと思います。

劉(中国):日本にいる中国人SEの数はそう変わらない気がしますけど。でも、米国からはかなり帰国しているようです。ITバブルがはじけて、このまま米国にとどまるか帰国するか迷っていた人が、昨年のテロを機に帰国を決意したようです。もしかすると、そのからみで日本に来た人もいるかもしれませんね。

SEの社会的地位と収入そしてキャリアパスの違い

伊藤:それでは、みなさんの本国でのSEのステイタスについて話してください。米国の場合は少し景気が傾いたとはいえ、SEの社会的地位はまだまだ高いのではないですか?

ロメロ:そうですね。社会的なステイタスは割合高い方だと思います。会社の中となるといろいろあると思いますが、少なくとも日本における地位に比べると断然高いと言えるでしょう。私は、この差違はSEのキヤリアパスの違いに起因していると考えています。たとえば、大手IT企業におけるキャリアパスを考えてみても、米国の企業にはSEが技術で評価されて地位が上がり、副社長などに就任していることも少なくありません。しかし、日本の場合はほとんどないでしょう。つまり、SEを早くやめて、マネージャーになることがキャリアアップには欠かせないのです。ITの会社なのに、技術よりもマネージメントの能力が高く評価される。それが日本では普通ですね。

伊藤:それは、プログラマとSE、そしてコンサルタントの関係でもよくありますね。早くプログラマを卒業して、コンサルにならなきゃとか(笑)。本来別々の能力であるはずなのに、キャリアパスになっている。

ロメロ:そう、それは日本独自の構造です。たとえば、私がコンサルティングを行った米国の経理ソフト会社では、トップの開発リーダーは日本の階級からいくとマネージャーでさえもない、チームリーダーくらいでした。正直、マネージメント能力は低かったですし。でも、報酬はその会社の社長よりも高かった。つまり、その人の技術力が社長の経営力よりも会社に高く貢献していると判断されているわけです。日本はそういう価値観がない。だから、社会一般のステイタスイメージは高いのに、社内では低い。それがSEのステイタスにおける米国と日本の一番の違いでしょうか。あと、そうそう、米国は場所によっても違いますね。サンフランシスコでは高い、高すぎるくらいです(笑)。

伊藤:インドの場合はどうですか?国をあげてITエンジニアを育成しようという様子もうかがえますが。

クマール:キャリアパスといった点では、日本と似ているかもしれません。プログラマから始まって、SE、そしてマネージャーと昇進していきます。もちろん、地位が高くなっても開発はできますが、同時に管理の仕事をしなくてはキャリアアップは難しいです。また、技術だけでも部署のトップがせいぜい。米国のようにCEOになるようなことはありえません。しかし収入は、日本と違って、技術力によってかなり高いレベルまで得ることができます。ちなみに私の初任給は20年以上働いた父とほぼ同じくらいでした。

ロメロ:それはすごい1米国もITバブルのころはそんなこともありましたが、はじけた後は下がってしまいました。インドはいつからそうなんですか?

クマール:インドがIT産業に取り組みはじめした八○年代後半からずっとそうです。たいていの国内産業は国内市場を対象としていますが、ソフトウェアのエンジニアは海外市場が主な活躍の場です。つまり、外貨によって報酬が支払われ、そこには外貨格差がありますから、必然的に他の産業より高くなるわけです。

伊藤:なるほど、中国も国策といった点では同じようなスタンスかと思われます。ただ、米国やインドに比べて、やや遅れてのスタートという感じが否めませんが、いかがですか?

劉:うーん、特別ソフトウェア産業に限って国が支援しているということはないですね。バイオや貿易、不動産業など、すべての産業がにぎやかになってきたというところです。。ただ、キャリアパスやステイタスといったところでは、インドに似ているかもしれません。そう、米国と日本の間。キャリアとしては管理もやらないと出世はできない、だけど収入はいいです。

伊藤:活躍の場はどんなところですか?国内の需要はあるのですか?

劉:中国の企業は生産向上やマーケティングで頭がいっぱいで、まだまだIT化の発想にまでは至っていません。ですから、市場はほとんど海外です。また、IT企業自体も大きなシステムを構築するほどの技術と規模を持ち合わせていません。なので、ITエンジニアは海外を目指す場合が多いですね、もともと、中国人は冒険心に富んだ民族です。私も、小さなころからいずれは海外で活躍し、ゆくゆくは中国に戻りたいと考えていました。
ただ、インドと同じように、さまざまな外資系の企業が参入してきてそこに活躍する人々は、報酬が横並びだった親の世代よりも高給という現象が起こっています。国外で活躍したいという気持ちと、国のために役に立ちたいという気持ちが微妙なバランスで存在していますね。ただ、やはり、大家族指向ですし、根は中国にあるとみんな考えているようです。

クマール:それはインド人もきっと同じですよ。ゆくゆくは国のためにという気持ちは強い。インドでは、昔からプラントなどの公共事業のエンジニアや医者など、頭脳流出が問題になっていて、誰もが海外での活躍と国に貢献することとの狭間で揺れ動いています。今、それがSEにもありますね。

ここがヘンだよ(1)プロセスが描けない日木人SE

伊藤:それでは、日本の社会、日本人SEに対して感じていることを話してください。まず、スキルレベルについてはいかがですか?

ロメロ:スキルは出身国というより、人によるでしょう。ただ、一人ひとりのSEがどれだけ技術にフォーカスして考えているかという点では、欧米に軍配が上がりますね。これは、先ほど話したようなキャリアパスの違いで、それゆえ欧米のSEは技術力を常にみがく必要があります。ただ、日本のSEとは「プロセス」についてのスタンスや作り方が大きく違うと思います。ソフトの作り方、要件定義のやり方など、プロジェクトの進め方のもう一段上位にある科学的手法と言えばいいのか、その構築力が日本人SEは弱いと思います。でもこれは、個人のせいではないと思います。日本の会社にはそんな概念が希薄だからです。日本人と外国人のSEは、スタートして七年問はスキルの差がない。でも、できる日本人SEはほとんどマネージャーになっちゃうから、20年目で比べると、外国人SEは超プロフェッショナルが多いけど、日本人SEはマネージャーになれなくてそこに固執せざるを得なかった人が多い。ずっとCOBOLとかね。でも、これはキャリアパスの問題で個人に罪はないと思います。

伊藤:それは、教育の問題?それともマインドの問題でしょうか。

ロメロ:教育というより、はじめからそんな考え方がないのでしょう。日本の会社には一種独特のヒエラルキーがあります。神様であるクライアントの気が変わると、営業担当者が簡単にそれを了解して、スペックが変わるのにコストもススケジュールも変わらずにとにかく押し込むことばかり考えている。対等になって話し合うことがそれほどないんじゃないかな。欧米では自動車もソフトウェアも製造プロセスは同じように考えるし、比較ししたりもする、でも日本ではあんなに自動車などのプロセスがしっかりしているのに、システムの構築についてプロセスを考えるという概念がないのが不思議です。

伊藤:私自身もそれは感じますね。「コア」がないというか、クライアントに「自分が実現したいこと」のビジョンがない。通常は、会社がどこへ向かいたいのかが分かっていて達成すべきことが明確になるのに、日本の企業はまわりがやっているから、というような理由でITを考えている。「いっしょにつくる」という意識が極端に低いんです。

ロメロ:そう、それから日本ではSIerが強すぎる。米国でももちろん強いけど、同時にユーザーサイドにも分かる人がちゃんと立つんですよ。だから、そこで対等なやり取りが行われる。だけど、日本はSIerの言うがままでしょ。確かに。普通、会社が成長して事務所を拡張するときには、この配線じゃ困るとか、ソファーはこの位置にとか、さんざん注文を付けますね。でも、システムについては自発的に進化させるという努力を怠っているように思えますね。

ここがヘンだよ(2)自分で動けない日本人SE

伊藤:それでは、プロフェッショナルという観点からはいかがですか。

クマール:日本人SEは一つの技術については、とても長けた人が多いです、だから、それだけに固執して、全体が見えない人も多いですね。ある大きなプロジェクトを進める場合には、いくつかのグループに分かれて進むのが普通ですが、そのグルーブ内のことだけしか見えない人が日本人SEには多い。たとえば、私は自分の専門を持っていますが、ロメ口さんの世界もちょっとは分かります。多分ロメロさんもそう。だから、打ち合わせをするとお互い乗り入れ合って、議論することができる。でも、日本人SEは、それは分からないから、これはこちらのことだから、ととりつく島がない。

伊藤:そうそう。海外のSEはゲリラ的というか、一人ひとりに明確な意志があって動いている感じがするけれど、日本のSEは大きな軍隊に見えるんです。だから断然俊敏さが違う。これはなぜなんでしょうね。

クマール:日本のSEはこれという言語なり技術なりだけを追求する傾向にありますね。海外のSEは、好奇心が強いというか、なんでも挑戦してどんどん他の分野も開拓します。でも、これは文化ですよね、日本の。失敗に対しての恐怖心は不思議なくらいです。技術は半年、いや毎月新しくなっているのに、日本人は検証に検証を重ねて導入することを決める。だから、導入本番のときはもう古くなっているんです。それは、ユーザーもそうでしょう。

ロメロ:人によるかもしれないけど、日本のSEは新技術の習得に意欲的ではないみたいですね。たとえば新しい案件で、新しい言語を使うことになった場合、たいていの日本人SEは「それは自分の専門じゃないから他の人に」といいますね。私たちなら、「じゃ、勉強しようか」ということになる。

伊藤:Javaが日本で過剰なほどブームになっているのも、新技術への挑戦というよりは、周りがやってるからという右へならえ的な動機に見えます。これは、おそらくIT技術を自分で評価したり、マーケットを世界規模で見ていないからだと思いますよ。日本だけでいい、という考えがどこかにある。

クマール:英語というのも大きいのかもしれませんよ。たいていの(プログラミング)言語の表現が英語をベースにしてるので、英語が分かる人ならば、何となく意味が分かるけど、日本人にはそこが壁になっているのかも。

伊藤:言語の覚えの善し悪しはともかくとして、英語のドキュメントを読めないというのはそれだけ遅れをとりますよね。

クマール:でも、(翻訳書がでるまで)早ければ三カ月くらいでしょう。

伊藤:三カ月は大きいですよー(笑)

劉:でも、日本ほどではなくても中国もドキュメントは翻訳してますよ。マウスを「鼠矢印」とか。でも、日本人SEよりも、断然新しいことに挑戦的ですよ。これは、私が思うに、日本人の職人気質と失敗を恐れる傾向にあるんじゃないかと思います。私も日本の学校を卒業して、日本人と仕事をする機会がすごく多いのですが、何か失敗するとすぐに「責任」という言葉がでてきます。だから、何か新しいことをするときは、それに対して「責任」をとらなくちゃならない。それなら、現状満足でいいじゃないか、となりますよね。

全員:その傾向はあるある、ありますね。

劉:今はけっこう増えたと言っても、まだまだ日本人は転職も少ないし、新しいものにチャレンジして失敗するより、今成功しているものを守った方がいいと考えるのも仕方ないでしょう。私たちの場合は、新しいものにチャレンジすることは、たとえ失敗したとしても「挑戦的」とプラス評価されるし、転職のときにはそれが経験になる。でも、日本人SEの場合は失敗イコール「汚点」になってしまうのです。これは、ユーザーもそうですよ。新しい製品や技術を導入するときに必ず「実績はありますか?」と聞いてくる。新しいものを取り入れて失敗するのが怖いんです。でも、誰もが使うようになったら、それはもう他に遅れをとっているということなのに。

ロメロ:失敗といえば、規模に対しての信頼感も強いですね。米国は三人の会社でも製品が優れていれば買ってもらえます。でも、日本は小さな会社のものは不安、と考える傾向にあります。

伊藤:米国の場合はユーザーが自分たちで選べるし、選ぼうとするからですよ。日本の場合は、自分たちで判断しようとせずに周りに「どうだった?どうだった?」って、すぐ聞きますよね。SEもユーザーも失敗を恐れるがあまりに、遅れをとっているといえるのかもしれませんね。

ここがヘンだよ(3)「頑張る」だけの日本人SE

伊藤:日本のSEは長時間労働が当たり前といわれています。これについては、どう感じていますか?

ロメロ:日本の言葉に「頑張る」というのがありますね。それはそれで美徳なのですが、プロジェクトマネジメントという観点から見ると、寝る暇もなく働いても生産性は低下するばかりでいいことは一つもありません。また普通は、効率よく仕事を終えて帰ることができますが、日本の場合はそんな優秀なSEには次々に仕事が来て、ますます休めなくなる(笑)。

劉:そればかりじゃない気もしますね。みんなが終わっていないのに、自分だけ帰れないとか。「つきあい残業」っていうんですよね。

クマール:社長がまだ帰っていないのに、帰れないとか(笑)。

劉:別に残業するのがいやといっているわけではなくて、必要とあらば誰でもやるでしょう。やる必要がない残業をするのが不思議なのです。

全員:そうそう!!

伊藤:又化的な背景のほかに、システム構築のコストを人月工数で測るというのが悪しき習慣としてあるんですよ。バリューに対しての対価ではなく、これくらい時間がかかったからという考え方。だから、長くやった方が売上が上がるし、残業代ももらえるかもしれない。だから、長くいようとする。

クマール:インドも人月工数ですよ。でも、たいていSEが自分で見積もるので、ほとんどの場合無茶な残業はありえません。だから、来日したインド人はびっくりしますね。まさに「インド人もびっくり」です(笑)。さっきのヒエラルキーじゃないですけど、クライアントが強すぎて、無理なスケジュールを頑張らざるをえないといったところなのではないでしょうか。

劉:「頑張る」っていったい何なんでしょうね。以前テレビにAV女優がでていて、その親が「頑張ってるんだからいい」という発言をしていたことがあって、びっくりしました。日本人は結果はどうであれ、頑張ったからいいとみるんでしょうか。

伊藤:日本の大手の幹部社員が「馬車馬のように働くやつがいい。そうじゃないと信用ならん」という発言を公然としていて驚きました。ただ、「頑張る」というのが、結果ではなく、どれだけ時間をかけたかということにすり替わっています。だらだら椅子に座っていても、時間がかかれば「頑張った」ことになってしまっているのでしょうね。なんとか、日本のSEとして、自分の周りからでも変えていきたいものです。

カスタマイズが得意な日本 テスティングやドキュメントも秀逸

伊藤:耳の痛い話ばかりつづいていますが(笑)、日本人SEの素晴らしい面というのを少しは話していただけないですか。

クマール:SEに限ったことではありませんが、テスティング、品質管理は素晴らしいですね。

劉:これは、我々も見習わなくてはなりません。中国では納品の際にバグがあるのは、当然のこととみなされます。だけど、日木人はそうじゃない。だから、バグがあったら直せばいいでしょ、というスタンスでやった中国の会社が痛い目にあったという話を聞いたことがあります。

ロメロ:それは認めるけど、バグはありますよ。日本人のソフトウェアにも。

劉:だけど、あって当然、という態度ではないですよね。それから、日本人はカスタマイズにかけては優れていると思います。これは、日本人の職業観である「職人文化」によるもので、「極めていく」ことに価値を見いだしているからだと思います。

伊藤:日本人SEの仕事ぶりを中で見ていると、米国から来たソフトウエアをバグをなくして、きれいに使いやすくしてまた戻しています。また、ドキュメントも分かりやすく素晴らしいものを残しているし。きっと、以前からよく言われることですが、加工貿易によって付加価値をつけるのが得意なのかもしれません。

仲間としてライバルとして 日本人SEへのエール

伊藤:それでは、最後に日本人のSEに対して、一言ずつアドバイスを。

ロメロ:SEにというより、日本の企業社会に要望があります。正直なところ、ITを導入しようとする企業は本当にそれを求めているのか疑問です。だから、もっと情熱を持って、必要なものについて真剣に考えて欲しいです。SEもそれに負けない情熱をもって応えられるよう、挑戦するマインドを持って欲しいですね。その結果、両者が失敗を恐れずに新しいものに取り組めるような、そんな社会になって欲しいです。

クマール:私もSEではなく、社会が変わる必要があると思います。きちんとしたキャリアパスがあれば、正当な競争も起こるでしょうし、それが、モチベーションになると思います。長時間座っているだけの「張りぼてSE」にお金を払う必要もなくなるでしょうし。また、SEの仕事は常にチャレンジの仕事で、精神面では失敗を恐れないでと言いたいですね。

劉:私も同感ですね。ただ、それは外国と同じようにしようと言ってるのではなく、さまざまなチャレンジの中から、自分のやり方を確立することが大切だということです。今、日本には各国からSEが集まってきています。日本人は親切ですが、彼らと腹を割ってつき合っているかというと疑問です。もっと心を開いて交流して、世界の中の日本を、そしてSEとしての自分のあり方を考えてみてはいかがでしょうか。

PAGE TOP